伊藤 俊輔
最新記事 by 伊藤 俊輔 (全て見る)
- LogiVoがボイストレーニングに解剖学を活用する理由 - 2026年9月15日
- オンラインのボイトレでも上達できる?LogiVoがオンライン専門を選んだ理由 - 2026年7月23日
- 【ご報告】リットーミュージック刊行の教則本で発声部門を執筆しました - 2026年6月8日
「お腹から声を出して」
「喉を開いて」
ボイストレーニングを受けたことがある方なら、一度は言われた経験があるのではないでしょうか。
そして、その通りにやってみたつもりなのに、声が思うように変わらなかった経験も。
ボイストレーニング教室LogiVoでは、こうした感覚的な比喩表現だけに頼らず、解剖学に基づいて身体の構造を正確に理解し、そこで実際に何が起きているかを根拠に発声を指導しています。
感覚に頼った指導と、解剖学に基づいた指導では、何が違うのか。実際にレッスンで起きた出来事を交えてお伝えします。
なぜボイストレーニングに解剖学が必要なのか
「お腹から声を出す」も「喉を開く」も、決して間違った言葉ではありません。問題は、「その言葉が指し示す身体の動きを、指導する側と受け取る側が同じようにイメージできているとは限らない」、という点にあります。
身体の内部は目に見えません。だからこそ、感覚的な言葉だけで伝えようとすると、人によって解釈が分かれ、指導する側が意図した動きとまったく違う動きが再現されてしまうことがよく起こります。
解剖学は、この「言葉と実際の動きのズレ」を埋めるための土台です。LogiVoが解剖学をベースに指導しているのは、指導者と生徒の間でズレのない状態を作るために必要だから、というのが答えになります。
「お腹から声を出す」が、人によって全く違う動きになる理由

レッスンの中で「お腹から声を出すってどんなイメージですか?」と生徒さんに聞くと、返ってくる答えは実にさまざまです。
- お腹をへこませるイメージ
- お腹を固めるイメージ
- お腹を張りだすイメージ
同じ言葉を伝えているのに、頭の中にあるイメージはこれだけ違います。つまり「お腹から声を出して」とアドバイスをしても、受け取る側が持っているイメージによって、実際に出てくる声の出し方はまったく別物になってしまうということです。
中でも特に多くの人が持っているのが、お腹の筋肉を使って息を勢いよく押し出すというイメージです。しかし、体の中で本来起こるべきことは、その逆です。お腹から声を出すとは、息を勢いよく押し出すことではなく、発声に必要な呼気の流れや圧力を適切に制御することを指します。
この思い込みは、指導する側にも起こり得ます。私自身、かつては「お腹をぎゅっと固めること」が正解だと思い込んでいました。しかし解剖学を学んでいくと、それはまったく違う、むしろ逆効果な動きをしていたことが分かったのです。
「押し出す」つもりでお腹を固めると、腹部を強く収縮させることで呼気圧が必要以上に高まり、息が勢いよく出てしまうことがよくあります。そして、声帯にかかる圧力が高くなりすぎると、その圧力に負けないよう喉周りに力みが入りやすくなります。
さらに、勢いよく通り抜ける息の流れによって声帯を引き寄せる力(ベルヌーイ効果)も過剰に働くため、声帯同士が普段以上に強くぶつかり合い、喉を痛める原因になってしまうのです。
では、身体の中では本来どんなことが起きているべきなのか。
肺は、息を吸った後、身体の力を抜けば自然に縮んでいく性質を持っています。「固める」というのは、この戻ろうとする動きを外側から後押しして、さらに加速させてしまう力の使い方です。
一方で本来必要なのは、まったく逆の働きです。体幹の筋肉を使って、横隔膜が戻ろうとするスピードに、むしろブレーキをかけること。
同じ「お腹の筋肉を使う」という行為でも、戻る動きを”加速させる”のか”抑える”のかによって、身体の内部で起きていることは正反対になります。
このブレーキによって息がゆっくりと流れ、圧力が安定していく――これが、圧力を制御するということの正体です。
「固める」と「戻る勢いを制御する」は、外から見ればどちらもお腹に力を入れているように見えても、身体の内部ではまったく逆の動きです。
この違いを感覚だけで見分けるのは、トレーナーであっても簡単なことではありません。だからこそ、身体の構造から動きを分解して確認する視点が欠かせないのです。
「喉を開く」「鼻腔共鳴」という言葉の危うさ

こうした言葉と実際の動きのズレは、「お腹」に限った話ではありません。
「喉を開く」という言葉一つをとっても、咽頭を広げるのか、仮声帯を開くのか、喉頭蓋の倒れ具合を緩和するのか、喉頭の位置を下げるのかという、少なくとも4つの異なる要素が包括されています。
これらを分解して共有しないまま「喉を開いて」と伝えると、生徒さんが実際に動かす部位は、指導者が意図していたものとズレてしまいます。
「鼻腔共鳴」という言葉も、同じ危うさを持っています。
多くの方が「鼻に響かせる」という感覚でこの言葉を使いますが、「鼻に響いているように感じる」ことと、「鼻腔がその音色を作る主要な音響的要因になっている」ことは、必ずしも同じではありません。
例えば、一般に「鼻腔共鳴」と呼ばれることのある、金属的な音色があります。こうした音色は確かに鼻に振動を伴うことが多くありますが、実際には鼻腔を積極的に使わなくても作ることができます。
そのことは、簡単な方法で確認することもできます。鼻を完全につまんだ状態でも、金属的な音色を作ることができるのです。
「鼻に響いている」という印象だけを根拠に、その音色を鼻腔で作っていると判断することはできません。
一般的に鼻腔共鳴と説明されるこうした音色の主な音響的特徴は、実際には鼻腔ではなく、咽頭や喉頭上部の形状によって生まれています。
そうした背景から、ファリンジャルボイス(咽頭共鳴を用いた金属的な音色)などと呼ばれることがあります。
ここまでは「その音色自体は、鼻腔がなくても作れる」という話でした。
一方で、鼻腔を完全に閉じずに実際に使った場合には、鼻腔は別の形で音に影響を与えます。
ただしその影響は、「響きを増幅する」というより、むしろ「特定の周波数の響きを弱める」方向に働くことが分かっています。
これは音声学で「アンチフォルマント(反共鳴)」と呼ばれる、鼻を使った音に特有の現象です。声の通り道に鼻腔という”分岐”が生まれると、口から放射されようとしている本来の音の成分と干渉し合い、その周波数帯の音を弱め合ってしまうのです。
これに加えて、鼻腔の内部は粘膜や鼻甲介と呼ばれる複雑な構造で覆われており、音の摩擦によるエネルギー損失(吸収)が大きいことも分かっています。
「分岐部分での干渉による打ち消し合い」と「鼻腔内部での吸収による損失」、この2つの要因が重なって、鼻腔が関与することで、音響的には特定の周波数成分が弱められる方向に働くこともあります。
つまり、「その音色は鼻腔がなくても作れる」ことに加えて、「鼻腔を実際に使ったとしても、響きが増えるとは限らない」ということです。
「鼻に響かせよう」という感覚を頼りに練習しても、必ずしも狙っている音色に近づけるとは限りません。
一つの言葉の中に、複数の身体現象が混ざり合っていたり、感覚と実際に起こっていることにズレがあるため、感覚だけを頼りに指導・練習をすると、良かれと思ってやったことが、意図とは逆の結果を生んでしまう――これが、感覚的な指導が抱える本質的な限界です。
そんな感覚的なアドバイスに戸惑ったことはありませんか?
高音・声量・声枯れ、
あなたのお悩みに合わせた科学的な発声解説動画を、
現在、公式LINEで無料配布中!
※成長期の喉への負荷を考慮し、高校生以下の方のご利用は推奨しておりません。
※登録はいつでも解除できます。
解剖学と音声学、2つのアプローチ
LogiVoでは、解剖学と音声学、両方のアプローチを組み合わせて指導にあたっています。どちらが優れているという対立構造ではなく、狙う入り口が異なる2つの手段だと捉えています。
音声学的なアプローチは、楽に声が出る状態へと導くことで、結果的に力みを取っていく「結果から迎えに行く」方法です。
一方で解剖学的なアプローチは、力みや詰まりの原因となっている部位や動きを特定し、そこに直接アプローチしていく「原因を取り除く」方法になります。
この記事では、そのうち「原因を取り除く」解剖学のアプローチに焦点を当ててお伝えしています。音声学的なアプローチについては、別の記事で改めて詳しく解説する予定です。
なぜLogiVoは解剖学を指導の軸に置いているのか
正直にお話しすると、私自身、不勉強だった時期に、感覚的な思い込みのまま誤った指導をしてしまった経験があります。
身体の内部は目に見えないため、ボイストレーナーであっても、確認しないまま想像で説明してしまうことは起こり得ます。
そして、感じていることやイメージしていることと、実際に身体の中で起きていることの間には、しばしば大きな乖離があります。
この反省から、想像や伝聞ではなく、自分の目で事実を確認する必要があると考えました。アメリカには、身体を扱う職業に携わる人であれば人体解剖の研修に参加できる制度があり、私自身もその研修を受けるために渡米しました。
※人体解剖研修参加時の記事はこちら👇
人体解剖研修がボイストレーニング指導に革命を起こす理由

そこで得た発見の一つが、声帯を閉じる筋肉についてです。
「声帯閉鎖」と聞くと、その筋肉を鍛えなければならないという発想になりがちですが、実際に声帯を閉じている筋肉は非常に小さく、いわゆる筋力トレーニングの対象になるようなものではありませんでした。
この発見から、筋肉だけに頼るのではなく、声帯にかかる空気の圧力や、声道がもたらす音響効果を利用して、間接的に声帯を閉じやすい状態を作っていくことの方が重要という考え方に至りました。
想像で語られてきたことと、実際に身体の中で起きていることの間には、これほどのズレがあり得ます。
だからこそLogiVoでは、感覚や言い伝えではなく、実際に確認された身体の構造と仕組みを指導の土台に置いています。
よくある質問
Q. ボイストレーニングに解剖学の専門知識は必須ですか?
発声を指導する側にとっては、感覚的な言葉のズレを防ぐために重要な土台になります。受講する側が専門知識を持っている必要はありません。
Q. 解剖学を学べば、感覚的な指導は必要なくなりますか?
いいえ。レッスンでは、感覚的な指示も重要な役割を果たします。ただし、その指示を出す指導者自身が解剖学を理解していなければ、指示そのものにズレが生じてしまいます。
解剖学は感覚的な指導をなくすためのものではなく、その指導の精度を支えるための土台です。
Q. 解剖学と音声学は、どちらのアプローチが良いのですか?
優劣ではなく、併用が望ましいです。原因を特定したい場面では解剖学、楽に声が出る感覚をつかみたい場面では音声学というように、目的に応じて使い分けています。
Q. 独学で解剖学を勉強すれば、自分でも声を改善できますか?
解剖学の知識を持つことと、それをボイストレーニングに解釈して活かせることは別の話です。
知識だけでは身体の構造を理解できるにとどまり、実際の発声の癖や力みの原因と結びつけて読み解く視点があって初めて活用できます。LogiVoでは、その視点を持ち続けるために、日々研究を重ねています。
Q. LogiVoではどんな考え方をもとに指導していますか?
感覚的な比喩表現だけに頼らず、実際に確認された身体の構造と仕組みを根拠にする「解剖学ベース」の指導を、音声学的なアプローチと組み合わせて行っています。
まとめ
「お腹から声を出す」も「喉を開く」も、感覚として間違ってはいません。
ただ、その言葉が指す動きは、身体の中で起きている現実と必ずしも一致しません。このズレに気づかないまま練習を重ねても、思うような変化は起こりにくく、時には逆効果にすらなります。
解剖学は、こうしたズレを生まないための土台です。LogiVoが解剖学をベースに指導しているのは、感覚や言い伝えに頼らず、実際に起きていることから発声の課題に向き合うためです。
ご自身の発声にある「ズレ」がどこにあるのかは、文章だけで判断するのは難しいものです。
当教室の体験レッスンでは、代表が直接あなたの声を解剖学・音声学に基づいて科学的に分析し、具体的な解決方法をご提案しています。
実際にどこにズレがあるのか気になった方は、まず体験レッスンで確認してみてください。
